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コロナウイルス

誰もいないジュネーブ中心街

スイスは現在、COVID-19の影響を最も受けている世界10カ国の1つ。

モーターショーや映画祭、見本市、会議など様々なイベントが中止された。国際機関が集中し、会議数が世界最多のジュネーブへの影響は大。会合は中止・延期、またはEミーテングになっている。

スイスの新型コロナウイルス感染者数は3月25日17時点で9765人、死者103人。食料品店やスーパー、薬局、銀行、郵便局以外、バー、レストラン、スポーツ施設、文化施設は4月19日まで営業停止。学校は4月19日まで休校で、仕事もできるだけ自宅勤務とする。

世界貿易機関(WTO)は職員が感染したことから、3月11日から開催予定だった全ての会合を延期。続いて2月24日から開かれていた第43回人権理事会が中止・延期。また3月後半に予定されていたジュネーブヘルスフォーラム(WHO)情報社会世界サミットやAIフォーラム(ITU)ILO役員会議、ジュネーブ軍縮会議等も延期になった。

小規模の会合はビデオ会議などに切り替えられている。職員は避けられない場合を除きスイス連邦内務省保健庁の指示どうり自宅勤務。

赤十字国際委員会(ICRC)を始め国際機関職員の不要不急渡航は4月15日まで延期され、会議参加者不在と相まってジュネーブ空港はひっそりしている。旅客便は97パーセント減。貨物便は平常より減っているが機能中だ。

このように前代未聞の状況に直面している国際都市ジュネーブだが、ユニークではない。似たような現象が世界中で起きており、各国政府のパンデミック対策に国家主義が目立つ。今こそ国際協力、多国間調整がもっと必要だろう。国際機関や国からのリーダーシップが期待される。

ジュネーブと包括性

国連は社会的弱者グループとして女性、若者、子供、高齢者、貧困者、障害を持つ人々、少数者と先住民などの人権を定義付け、その擁護に力を入れてきた。持続可能な開発目標SDGsでも、「誰も置き去りにしない」が普遍的テーマとなっている。

世界で最も小さな国際都市ジュネーブの多文化性については、すでに書いた。人口の41パーセントは外人であるこの街は、多様性に対する(diversity) 許容力の高さが特徴。包括的 (inclusive) な共同体を作ろうとする動きが政策随所に見られる。

スイス女性の地位は意外と低く、今年6月にはジュネーブ中の女性が給料格差やハラスメント反対の大型ストライキを実地。1991年以降2度目のイベントで、女性の社会参画をより進めるために改善すべき課題は多いと訴えた。

同性愛者や性同一性障害者を、根深い差別から保護するのは国連人権委員会の活動の一部。地元ジュネーブでも毎年恒例の「プライド」と称されるセクシュアル・マイノリティのパレードイベントが初夏に繰り広げられる。

ジュネーブは2007年WHO(世界保健機関)で提唱された「高齢者にやさしい都市」にも登録。シニアの生 活を支援し,安全に暮らし,健康を保持し,社会に参加し続けながら老いることができる環境を作るのが理想だ。そのような環境は全年齢層にも有益となると主張。

多様で包括的な共同体は、少数派だけでなく全ての参加者にポジティブな影響を与えると言われ、「違っている一人一人が生きやすい社会」という理念の基本になっている。平等や公正さだけでなく、総合的な社会発達を促すのが最終目的。

人類の歴史を振り返れば、社会的マイノリティーへの差別や虐待、人権侵害の方が長い。異質のものを取り除こうとする原始的な反応は誰の内面にもあるもの。それを追い払うためにも制度、法律を確立し、支援しながら、文化として維持していくことが重要だろう。

インクルーシブな環境作りをグローバル、職場レベルで目標としている国際機関だが、ジュネーブも街単位で平等参加型社会作りに努力している。時間も予算もかかる取り組みであり、まだ目標は全て達成されてないが、その姿勢は評価できるだろう。

ジュネーブ国連職員のスト

国連ジュネーブ事務局の職員たちは「不当な」賃金カットをめぐり3月16日に1日のストライキを実施。当日開催予定だった人権理事会の会議が延期になった他、他の重要会議も中止され、職員のストで会合が開けないという異例の事態となった。

国連職員の共通勤務条件を調整する国連人事委員会は、加盟国の要請により国連関連機関の各所在地で生活費を調査。購買力の下がったニューヨークの職員と水準を揃えるためジュネーブ職員の賃金を5.1%引き下げる提案をした。

今年2月給料3.5%引きとなった職員は2時間のストライキを実地。今回は6月に予定されている1.6 %カットに対してのストだ。給料カットはバンコクで13.4 %、東京では25%。ニューデリーやカイロも対象になっている。

ジュネーブ国際機関に働く公務員は約10000人。国連共通制度加入31機関は同じ給与体系なので影響は大きく、ILO, OMMなどでもストが行われた。

「仕事の割に高待遇」と、地元では国連職員を高収入で税金を収めない特権階級のように見ている。しかし海外駐在生活は費用がかさむもの。言葉の関係等で伴侶が働けないのもハンデだ。扶養家族がいて定期的に職場を変えられない公務員の昇進や契約更新は限られる。

世界の公務員の中で最も高給取りと言われる国際機関職員だが、物価の高いジュネーブでの暮らしはそう楽ではない。勤務条件、待遇がこれ以上劣化しないよう願うばかりだ。

多文化都市ジュネーブ

冬季オリンピック中、よくアパートの外にカナダやノルウェーの国旗がひるがえりジュネーブの国際性を感じたもの。外人の多いこの街では、スイスだけでなく色々な国の応援団が目につく。サッカーのゲーム等では勝利国のパレードが試合のたび市内で繰り広げられる。

ほぼ50万人に上るジュネーブ州人口の41パーセントは外人で、189の国籍に及ぶ。国際機関関係、多国籍企業関係の外国人の他、10カ国以上の難民も居住している。世界で最も小さい国際都市、と言われる所以だ。

ジュネーブの国際性をものがたるエピソードは日常生活の中にも多い。普通のキオスクやスーパーで何カ国語もの雑誌や本を売っていること。小さな店でさえも外国の食料品を置いてあること。公共交通機関では色々な言葉が聞こえ、どの国にいるのか混乱するほど。今では日本でも珍しくなくなったテレビのマルチ言語チャンネルも、古くから整備されている。

多国籍な職場環境にいるジュネーブの国際機関職員だが、一歩街に出ても多文化環境が続くわけだ。これは他の国際機関所在地ニューヨークやウイーン、ナイロビ、バンコク等と比べてもユニークな特徴だろう。ジュネーブ勤務中、フランス語を日常生活でほぼ使わなかったとか、スイス人の知り合いがいなかったという例も多く、少し残念ではある。

ジュネーブの学生にとって、自分と違う外観や文化の友達やクラスメイトがいるのは自然なこと。そんな環境で育っていけば、語学の上達はもちろんだが、異文化に対する態度や考え方も違ってくるのではないか。これらの青少年は、自分と違うものに対する抵抗感は低く、差別的な態度も少ないだろうから、地球市民としての今後に期待したいものだ。

国連機関視察ツアー

HISの国連機関視察スタディツアーが終了した。 5日間ジュネーブの主な国際機関を訪問し、邦人職員や現地学生と交流、そしてキャリアの講義とアドバイスを受ける 内容の濃いもの。高校生と大学生11人の参加者は元気いっぱいにこの機会を満喫していた。

このようなイベントは初めてではない。国際機関就職希望者セミナーは2012年にもとUNHCR職員、松本氏が音頭をとって始まった。3度ほど開催した後、当事者が亡くなったことや資金不足からセミナーは消滅。代わって登場したのが、このサイト、キャリア国際機関である。

今回は当時の教え子が旅行会社に就職し、新しくツアーとして復活させたもので、創設者の意思が 引き継がれている。

旅行会社のテーマツアーとしては初めてだから、提案してから右往左往あり、一時は実行が危ぶまれたほど。 ジュネーブ邦人職員会からの強い協力や、外務省国際機関人事センターの支援が 成功につながった。

ツアー中、レクチャー2回と個人キャリアカウンセリングを11回やらせていただいたが、伝えたいメッセージは2つある。

まず、キャリアプランは早く始めるほど有利だということ。 もう一つは、人にはそれぞれのキャリアがあり、よい、または悪いキャリアという定義はない点。成功、不成功は本人の満足次第ということだ。若さと希望溢れる参加者たちの参考になればうれしい。

国連インターンのデモ

2月20日、国連指定の「世界社会正義の日」にジュネーブ国連広場前で無給インターン制度の改善を求めるデモがあった。デモはジュネーブだけでなくニューヨーク、ワシントン、ブラッセル、ウィーンでも行われた。

無給インターンシップ問題は、ここ数年注目の的だ。2015年8月、ニュージーランド 出身のインターン、デイヴィッド・ハイドさんが、節約のためジュネーブでテント暮らしをして いると広く報道された。

それをきっかけに、 インターンや学生、専門職の若者らが 「Fair Internship Initiative—公正なインターンシップを求めるイニシアチブ」という運動を起こした。この「インターンシップを有給に」というスローガンはジュネーブからニューヨーク、パリ、ウィーンへと広がっていった。

ニューヨークとジュネーブの国連機関に採用されたインターン は、2014年でおよそ4000人。そのほとんどが無給だ。ジュネーブでは完全無給の割合は2013年、68%に及んだ。

物価高では世界トップクラスのジュネーブで 無給は 大変だ。無給のインターンシップを続けられるのは実家が豊かな外国人か、近くに居住している学生のみとなる。富める者だけが利用できるこの制度は確かに不公平だろう。

私も個人的に無給インターンを無料で宿泊させた経験がある。コロンビア出身の彼女は, 「国連人権委員会で働くのが夢」という。コロンビアの実家からどのくらい援助があるか聞きそびれたが、ジュネーブの1ヶ月の部屋代だけでも、国の家族の負担は重いだろうと想像 した。

国連総会の決定により、国連にはインターンに給与を支払う権利がない。一方、専門職初級レベル は全体の3%と極めて少なく、インターンをその代わりに使っている内情がある。また経済的犠牲を払ってでも、国連インターンを希望するものは後を絶たないという現実もあり、今後国連がどう対応していくかが注目される。

国連以外の組織は有給化に向かう動きがあり、ILOは月額1850フランを、IOMは500 から 1500 フランをインターンに支払っている。また 27のNGO(非政府組織)は最近、月額500フランの最低賃金をインターンに支払うことで合意した。 関係者はこの傾向が広まることを期待している。

パレ・デ・ナシオンのクジャク

ジュネーブ国連欧州本部は国際連合のニューヨーク本部に次ぐ規模を誇る。1920年に国際連合の前身である国際連盟が設立されて依頼、本部の所在地となったジュネーブはアリアナ公園内に1926年から36年にかけてパレ・デ・ナシオンを建造した。近代的なニューヨーク本部と対照的な、白亜のアールデコの建物であるパレ・デ・ナシオンは国際都市ジュネーブの歴史を感じさせる。パレを囲むアリアナ公園は45ヘクタールもあり、600種の木々が植えられている。もとは私有地だったが、ルビヨー・デ・ラ・リーブ家というジュネーブ名家の所有者が、クジャクと人間が自由に歩きまわれることを条件にジュネーブ市に遺譲した。

公園内にある、19世紀に建てられた3つの別荘のひとつが私の国連勤務時代の職場であった。このヴィラ「ボカージ」は、文豪トルストイが叔母を見舞うために何度も宿泊した歴史的な建物で、2010年11月のトルストイの没後百年には記念プレートが設置されている。

このような歴史的建物の中に当時は国連人事部研修課の事務局をおいていたわけで、用途に合っていない建物を無理に使用していた感がある。仕事柄いろいろな国際機関の研修所を訪ねたが、天井にフレスコがあり、大理石の暖炉や、組木の床のあるサロンでトレーニングをしている機関にはお目にかかったことがない。私のオフィスにもアンティークの鏡や暖炉があり、天井まで届く窓からは、庭に通じるテラスにでられるようになっていた。そこからはアリアナ公園の池と花壇そしてうっそうとしげる木々が見渡せる浮世離れした環境であった。

アリアナ公園にはクジャクが放し飼いにされており、当時からヴィラ「ボカージ」の周りを自由に俳諧していた。このクジャクは注目を集めるのが好きなのか、研修中、参加者がたくさんいる部屋の窓にきては叫び声をあげ、豪華な羽を広げてみせるのだった。研修参加者も大喜びでトレーニングは中断され、インストラクターを嘆かせたものだ。

ある時恒例のクジャクのショーが途絶えたことがあり、国連職員である庭師に事情を聴いたところ、夜中に公園の狐に食べられたということだった。その頃のクジャクはインド政府からの寄付だったが、寄贈物の消滅が外交問題に発展しないよう、速やかに新しい鳥が補充された。

その後フランスのシラク大統領が乗った公用車がクジャクを轢いた事件もあったりと色々な原因でクジャクの数は減少した。そのため、1997年には日本の動物園から多くのクジャクが寄贈された。今いるクジャクのほとんどは日本生まれかその子孫だということだ。

国際都市ジュネーブ

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スイスのジュネーブ州は周囲をフランス領に囲まれた面積282 km2人口約50万の狭い地域だ。1602年以来、自由都市、ジュネーブ共和国を形成していたが、1815年にスイス連邦に加盟し州(カントン)となった。中心部のジュネーブ市は人口20万で、世界で最も小さな国際都市といわれている。宗教改革の活動拠点になり、古くから難民を受け入れたこの街は1860年代にアンリー・デユナンが赤十字運動を始めたことをきっかけに、国際都市を売り物にして発展した。

この7月スイスミッションの発行した統計によると、ジュネーブ市にある国際機関は27、NGO約250、国際機関政府代表部またはそれに類するもの255となっている。職員は合計3万人近い。2014年に開催された国際会議はおよそ2400件で20万人程が参加している。これらを支えているのは、便利な交通、安全性、質の高い労働力、美しい街並等に加え、スイスの永世中立という外交政策であろう。

国連を例にとると、職員数の一番多い勤務地はニューヨークで6545人、ジュネーブは3459人で二番目だ。だが人気が高く、希望者が多いので狭き門となっている。人事部勤務中、何度もジュネーブから離れたくないという声を職員から聞いたものだ。この他にもILO,WHO,WIPO,ITU,UNHCR,WTO,WMOなどがここに本部を置いている。

しかしこの国際都市にも悩みはある。まず、物価がとても高く、手頃な値段のアパートが不足している。人口の約半数が外国人で、ジュネーブ人と外国人との二重構造社会になっているのも事実だ。ジュネーブの国際機関に赴任し、最初に対面するのはこの2つの問題だろう。実際、生活費の安いフランス側に住み毎日越境勤務する国際公務員は多数だ。また英語で外国人とのみ付き合い滞在中スイス人を知らないというケースも頻繁にある。

これらを緩和すべくジュネーブ政府では現地人との交流サークルや行事、住宅,学校捜しの支援などを無料で行っている。交通機関整備や町の清掃、イベント作り、国際公務員向けサポートや広報など広い分野にわたり、この小都市の国際都市政策は徹底している。これらがまた小国スイスが生き延び繁栄し続ける秘密なのかもしれない。